もしあなたが、仕事中のケガや仕事に起因する病気で仕事が出来なくなったとします。この場合、会社を首になることがあるのでしょうか。
実は、こんなケースでは、原則として解雇されることはありません。なぜかと言うと、業務によるけがや病気で休業する期間は解雇を原則禁止と言うルールが労働基準法にあるからです。労災に関して、労働者はかなり強く守られているのです。
3年経っても治らない場合は、解雇する方法もある?
しかし、こういうルールがあるにもかかわらず、専修大学に勤める男性が業務中のケガを理由に解雇されました。
もう少し正確に状況を書くと、この男性は2007年に労災保険の受給を開始したようです。そして、2011年にリハビリをしながら職場復帰を求めたものの認められなかったようです。1
なぜ専修大学がこの男性の職場復帰を拒めたかと言うと、先ほどの解雇の原則禁止には例外規定があるからです。どんな規定かというと、療養開始後3年たっても治らない場合は、平均賃金の1,200日分のお金を払うことで解雇が出来るというものです。打ち切り補償といいます。
ですからこの男性は、打ち切り補償として約1,629万円、専修大学から受取っています。
しかも、この後も治療が続くなら、労災保険の療養給付が無くなるわけではありません。治療に関する費用はこれまで通り給付されます。その上、1,629万円も受取ったわけです。なんだか、特に文句を言う筋合いは無いようにも思います。
しかし、この男性はこのことを不服に思って提訴していました。それが、このたび最高裁での判決が出て、この男性の敗訴が確定したわけです。
記事によると、裁判所の主張は次のようなものでした。
第2小法廷は「労災保険給付は、雇用側が負担する療養費に代わるものだ。打ち切り補償後も、けがや病気が治るまでは給付が受けられることも勘案すれば、労働者の利益が保護されないとは言い難い」と指摘した。
まあ、その通りですよね。1,200日分もの解雇補償があったということは、3年以上分の給与は貰ったのと同じです。その上、ケガに関しては労災保険が面倒を見てくれるわけです。私の感覚からすると、かなり合理的なもののように思われます。
よく分からない点も多い
ちなみに、記事は抜粋的に内容を伝えるだけなので、どうしても分からない部分がいくつかあります。多分、書いている記者も、よく分からないで書いている部分があるように感じます。
その中で個人的に一番不思議なのが、ケガをしてからここまでの時間の推移です。ちょっと引用してみましょう。
男性は2003年、腕に痛みなどが出る「頸肩腕(けいけんわん)症候群」と診断され、07年に労災認定と労災保険の支給決定を受けた。男性は11年、リハビリをしながらの職場復帰を求めたが、専修大は認めず、打ち切り補償金約1629万円を支払って解雇した。
ケガをしたのが2003年で、労災認定されたのが2007年です。ということは、4年もの間労災とは認められなかったということです。仕事との因果関係が証明しづらかったということでしょうか。でも、そうなると、2007年までは働いていたということでしょうか。ちょっと理解しかねます。
また、2007年に認められたということは、2003年にさかのぼって認められたということなのでしょうか。あるいは、症状が悪化したことで、2007年に発症したという判断なのでしょうか。
また、2011年に職場復帰を求めたとありますから、少なくともその前の期間は仕事をしていないということです。仕事をしていないのが2007年からなのか、2003年からなのか、ちょっと分からない部分です。4年のブランクと8年のブランクでは、職場復帰できるかどうかの状況が全然違いますよね。
と思ったら、毎日新聞に事実関係が説明されていました。ちょっと引用してみましょう。
男性は1997年、大学の職員に採用されたが、腕から全身に痛みが生じる「頸肩腕(けいけんわん)症候群」と診断され、2003年ごろから欠勤を繰り返すようになった。07年に労災認定されて療養していたが、大学側は11年に打ち切り補償金約1630万円を支払って解雇した。2
これを読む限り、実質的には2003年から働けていないのかなあ。最初はどの程度の頻度で欠勤していたのか分かりませんけどね。
ということは、2011年までと考えても、8年くらはまともに働いていないわけですよね。そして、最高裁で判決が出た2015年までと考えると、12年も働けていないわけです。
はっきり言って、大学側にしたら、そんな人に戻ってこられても困ってしまうと言うのが本音なのでしょうね。それだったら、多少のお金を払っても止めてもらいたかったのかもしれません。
このほかにも、労災認定されてどんな給付がされていたのかも知りたいところです。労災保険の場合、労災により仕事が出来ない期間の賃金補償として、休業補償給付と傷病補償年金というものがあります。実は、この点が裁判にかかわってくるはずなのですが、いくつか記事をみても、事実関係の説明がありませんでした。
また、この裁判では、一審二審は解雇無効の判決を出しています。そのあたりの事情もよく分かりません。補償金を払っているのに、何が問題なのでしょうか3
まあ、新聞記者は労働保険の専門家では無いので、仕方がないのでしょうけどね。文字数の制限もあるでしょうし。
後ろについているのはどんな組織?
さて、この男性、まだ戦う気でいるようです。同じく毎日新聞の記事に、次のような記述がありました。
判決言い渡し後、男性は東京都内で記者会見し「療養者の解雇を認める判決だ。差し戻し審では治療に協力する判断がほしい。これでは労災申請したいと言えなくなる」と話した。
さすがにちょっと違和感を感じます。そもそもがただの職場復帰を求める裁判だとすると、個人の力でここまでやろうとは思わないはずですよね。多額の損害賠償が得られるなど、金額的にメリットが大きければ、裁判で争うのも分かりますけど。この件ではそういう事はありません。
ということは、裏に労組か何かが付いているのかなあ。そう疑いたくなる状況です。つまり、代理戦争的な感じなのでしょうね。多分。
- 労災療養中でも解雇可能=専修大元職員めぐり初判断―最高裁
時事通信 2015年6月8日 [↩] - <打ち切り補償>「労災受給者も解雇できる」最高裁初判断
毎日新聞 2015年6月8日 [↩] - この点に関しては、日経新聞の記事に情報が出ていました。引用してみましょう。
一審・東京地裁は「打ち切り補償の適用は、使用者による療養補償を受けている場合に限られる」とし、解雇無効と判断。二審・東京高裁も支持していた。
(労災受給者の解雇可能、最高裁初判断 打ち切り補償条件に
日経新聞電子版 2015/6/9)労災保険が適用されているので、大学が直接医療費を支払っているわけではありません。一審二審では、この点があるので要件を満たさないという判断をされたようですね。また、これまでもそういう判断が示されてきたということのようです。 [↩]
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